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![]() 銅製の薄い紙で作られた円が6つアルミのピンでつなげられていて、後ろに設置しているモーターで動く。 一つが膨張すると隣のサークルを押し、またもう一方からも押される。まるで円の押しくら饅頭だ。 作品の形のシンプルさもあるが、アートを経験とするフリオの作品は子供までが楽しめる。 この作品をMALBAで見たときに 一つ一つの円の中に表情を描いたら、幼少の頃『おかあさんといっしょ』、だったか何かの教育番組で流れていそうだな、と思った。 アルゼンチンで芸大を出た後パリに行きGRAV (Groupe de Recherche d'Art Visuel -Grupo de Investigación de Arte Visualを立ち上げる。人間の視覚の錯視作用を利用して動くように見せる作品や、実際動く作品を制作した。 最近生で見たフリオの作品は2011年にブエノスアイレスのボルヘス文化センターの中央天井の下に飾られたこれ。 ![]() 透明のアクリル板で出来た無数の四角いプレートを逆ピラミッド形に天井から繋ぎ、ガラスの円天井から注ぎ込む自然の光の反射を利用する。あるいは夜のライトアップの光で遊ぶ。 85歳にしてまだまだ制作を行う。ジーンズにベレー帽、ダンディーな作家、健在です。 彼の、光と影の様子をじっくり見てしまう楽しい作品、モーターやスイッチのついた遊び心のある作品、 体験するアートの面白さは、ただそれらがシンプルに『視る』作品だからだと思う。 観る作品ではない、心で見る作品でもない。作品は、身体だけがあって精神がない、形だけあって意味を抱合しない、物体(作品)と身体(見る側の)の接近の第一段階におこるセンセーションを大事にしているように思う。
以前から気に入っていたタンゴを訳しました。 サンフアン、ボエド、、、、とブエノスアイレスの地区の名前から始まる歌詞。 東京だと、浅草、上野、、、、見たいな感じなのかな。。。 町並みや街角にあるいつもの風景、ポルテーニョたちの地元に対する大きな愛と優しさはこのタンゴでも歌われています。失恋した傷心は街によって癒されるのですね。 http://www.youtube.com/watch?v=WNbHlnZIoVk Sur 1948 Música: Aníbal Troilo Letra: Homero Manzi San Juan y Boedo antigua, y todo el cielo, Pompeya y más allá la inundación. Tu melena de novia en el recuerdo y tu nombre florando en el adiós. La esquina del herrero, barro y pampa, tu casa, tu vereda y el zanjón, y un perfume de yuyos y de alfalfa que me llena de nuevo el corazón. Sur, paredón y después... Sur, una luz de almacén... Ya nunca me verás como me vieras, recostado en la vidriera y esperándote. Ya nunca alumbraré con las estrellas nuestra marcha sin querellas por las noches de Pompeya... Las calles y las lunas suburbanas, y mi amor y tu ventana todo ha muerto, ya lo sé... San Juan y Boedo antiguo, cielo perdido, Pompeya y al llegar al terraplén, tus veinte años temblando de cariño bajo el beso que entonces te robé. Nostalgias de las cosas que han pasado, arena que la vida se llevó pesadumbre de barrios que han cambiado y amargura del sueño que murió. スール(南) サンファン、古きボエード、そして大空よ、 ポンペイとその彼方にある洪水よ、 記憶に残る恋する君の髪型、そして「さようなら」に花咲く君の名前 鍛冶屋の角、泥と草原、 君の家、歩道と排水溝、雑草とアルファルファの混じった香りが再び私の心を満たす スール(南)、 壁そして、、、 南よ、 物置小屋のの光よ ウィンドウに寄りかかって君を待つ私の姿をもう君は見ることはないんだよ ポンページャの夜を進む私達の不和のない歩みを星光が照らすこともない、、、 郊外の通りと月、 私の愛と君の家の窓、 もうその全てを失ったことを、私は分かっている、、、 サンファン、古きボエード、そして失われた空よ、 ポンページャ、その堤防に着いたとき、私が奪った接吻のせいで、 その優しさに君の若さ(二十歳)は震えていたよね 過去への郷愁、 人生が取り去った砂埃、変わってしまった街角の悲しみ、そして去った夢の苦味
日本では踊るタンゴは盛んだけれど、ちゃんとタンゴの歌詞を読んでいる人は少ないかと思います。 私もここブエノスアイレスで時々訪れるタンゴバーでオズワルド氏がアコースティックで歌うのを聴く程度。 でも歌詞に注意している見るたびに、ブエノスアイレスの男たちの愛の賛歌と嘆きを少しばかり感じることができるのです。 特に歌詞に多いのは失恋歌。でも悲しく終わるんじゃなくて、女に去られてしまったぜ、だからとりあえず酒を飲むのさ、俺はまだまだいけるさ、、、みたいな酔っ払いの男気を感じます。 そしてもう一つの大切な要素は、恋愛の歴史を全て知っているのは自分たちの生きているこの街角、という土着の愛。 タンゴにはブエノスアイレスという街に向けた親しい感情、近所の通りに対する思いなどが語られていることが多いんです。 タンゴはポピュラーソング。日本の演歌みたいなものなのでしょうね。タクシーの運転手がよく聴いているのを耳にします。 タンゴの歌にはスラングが多くて、訳しにくいんだけれど、今回はカルロス・ガルデルの『蝶々』(La Mariposa)を訳してみました。 スペイン語のオリジナルも載せておきます。 http://www.youtube.com/watch?v=2a758UoFWCM La Mariposa Carlos Gardel No es que este arrepentido de haberte querido tanto, lo que me apena es tu olvido y tu traición me sume en amargo llanto; si vieras, estoy tan triste que canto por no llorar; si para tu bien te fuiste, para tu bien yo te debo perdonar! Aquella tarde que yo te vi tu estampa me gusto, pebeta de arrabal, y sin saber por que te segui y el corazón te di y fue tan solo por mi mal. Mira si fue sincero mi querer que nunca imagine la hiel de tu traición. Que solo y triste me quede sin amor y sin fe y derrotado el corazón. Despues de libar traidora en el rosal de mi amor te marchas engañadora para buscar el encanto de otra flor; y buscando la más pura, la más linda de color, la ciegas con tu hermosura para después engañarla con tu amor. Ten cuidado, mariposa, de los sentidos amores, no te cieguen los fulgores de alguna falsa pasion, porque entonces pagaras toda tu maldad, toda tu traición. 蝶々 カルロス・ガルデル 君のことがあんなに好きだったことを後悔してるわけじゃないさ。 辛いのは君の忘却と裏切り。 苦い涙を流して泣いているよ: もし見ているなら、ほら、僕はこんなに悲しんでいるんだよ。でも、僕は泣くために歌うんじゃない。君が良しとして去って行ったのなら、良しとして、君を許さないとならないね! あの日の午後、君を見たときの、あの表情がとても好きだった。 街角のお嬢さん、 どうして君を追跡してしまったんだろう、心をゆだねてしまったんだろう、ただただ、私が悪かったのさ。 私の愛が誠実だったかどうかを分かってくれるかい。君の裏切りがこんなに痛いとは全く想像していなかったよ。愛と信仰を失ったこの悲しみだけが残り、心は打ちのめされている。 私の愛のバラ園で蜜を吸い終わった後, 裏切り者のあなたは 騙し騙し進入して別の花の魅惑を探すのさ。 もっと神聖で、もっと色の美しい花を。 君の美しさで目を眩ませて、そして再びその花を君の愛で裏切るために。 蝶々さん。愛の感覚にご注意を。 偽りの情熱の眩しさで、君自身の目をやられないように。 でないと結局は全ての邪悪さと裏切りはあなたに返って来るのだからね。 ![]()
再びアルゼンチンのパークハイアットホテル内にあるPaseo de los artesにて『和紙・光・色』展が開催されていますが、やっとここで少し自分なりに和紙について考えたことを書こうと思います。 私たち日本人は、技巧的なことはさておき、和紙をどういう風に捉えているのでしょうか。 1.和紙と『触る』 和紙は私たちの触覚にとても訴えてくる物質だと思っています。 まず表と裏を確認するときに手で触ります。 和紙で包む、折る、これも『触る』です。 西洋の場合、ロザリオを回しながら一つ一つの石を手に祈りを捧げますが、日本人の場合、たとえば千羽鶴を折りますね。言葉で祈る西洋と、無言のうちに手を動かして祈る日本の違いです。 2.和紙と沈黙 折りながら気持ちを[折り込んで]いくわけですが、そこには沈黙があります。 日本の伝統的家屋の襖は紙で出来ていますので、隣の部屋にいる人の声も聞こえるし、影も見えます。 セメントでできた厚い壁により隔てられている西洋建築とは大分ちがいます。壁が隔ててくれるおかげでとなりを気にすることなく音をたてられます。日本は、隣との隔たりが視覚的にも聴覚的にもありませんから、静かにしなければならないのは自分たちです。自然と静けさがそこには生まれてきます。 和紙は光を受けて環境を照らすのではなく、温かみを与えるものだと思います。薄暗闇と沈黙があれば自然と『触る』という感覚が重要になって来るんだと思います。 触るということの特徴として、メルロ・ポンティーが『l'oeil et l'esprit』の中で言っていた「人の手を触ると、自分が相手を触っているのか、相手が私を触っているかわからなくなる」感覚があります。和紙とは、そういう自己を消失させるような、主客の対象化を否定するような環境を作ってくれるものだと思います。 3.和紙と色 今回のアートプロジェクトでアルゼンチンの作家たちがラテンならではの巧みな色使いとデザインで和紙を装飾しました。そこには沈黙を音楽に変えた視覚的なムーヴメントがありました。リズムがあり、踊りがあり、感情の浮き沈みがありました。
以前もブログでお伝えした『和紙・光・色』展(昨年ブエノスアイレスのボルヘス文化センターで開催されたもの)ですが、このたび9月28日から10月14日まで東京のセルバンテス文化センターにて開催されます。 日本ではなかなか見られない、すばらしい作家が36人参加した展示会です。 参加作家の中には、ヴェネチアビエンナーレ金獅子賞受賞のレオン・フェラーリ、アルゼンチンを代用するフィギュラティブアートの巨匠アントニオ・セギ、最近書籍でバベルの塔を作って話題を呼んだマルタ・ミヌヒン、幾何学アートスカルプチャーで知られるフリオ・レ・パルク、世界的にも知られるクロリンド・テスタ、NYのMOMAのパーマネントコレクションにもあるアレハンドロ・プエンテ、新具象派のルイス・フェリペ・ノエなど、超著名なアルゼンチンを代表する作家達のユニークな作品が集合します。 ぜひこの機会を逃さず、足を運んでいただければ光栄です!!!
日本昔話が素敵なイラストと一緒になってアルゼンチンで出版されます! スペイン語、日本語のバイリンガル。さらに振り仮名もついております。 イラストはNicolas Prior。斬新でセンスのいいイラストです。おじいさんもおばあさんも一寸法師もかぐや姫も、 独特の感性で描かれ、おしゃれに仕上がっております。 スペイン語本文はAmalia Satoさんです。 私事ですが日本語をお手伝いさせていただきました。 ![]() ![]() ![]() 日本昔話独特の教訓が、アルゼンチン人にどう写るでしょうか。 約束を守らないと天罰が下る、とか人を助けたら自分によいことがおきる、とか、案外西洋人にも通じる 教えだと思うんですが。でもそれが日本ならではの風景や出来事の中で語られているので、 お子様にはもちろん大人にも楽しんでいただけるはず。 こちらで詳しく紹介されています。 http://nicolasprior.blogspot.com/2011/08/libro-cuentos-japneses-para-ninos.html
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